目を閉じて想像してほしい。月夜の晩。背広姿の者が、人に追われて縁の下にもぐり込んだり、天井裏に潜んでフシ穴から下を覗くシーンを。いかにも似合わないだろう。これだけ言っても、忍者の姿形と床下、天井裏の密接な関係を疑う人には、決定的な証拠を示そうと思う。体格である。例の黒すくめファクンヨンはなぜか小柄の人が似合う。大男は間が抜ける。大柄の人には背広がよく似合うのといい対比をなしている。忍者のファッションが小柄の人向きなのはなぜか。
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これもミエミエの問いになっているが、床下と天井裏に忍び込むためなのである。とりわけ床下は狭く、どうしても小柄でないと移動しにくい。日本建築の床下の存在が忍者文化を生んだことを納得していただけたと思う。忍者文化だけでなく、さまざまな文化が日本の床下から育っている。アジール(公権力の及ばない特別区域)化していた中世寺院の縁の下から発生したという食文化。私などが子供の頃によくやった、かくれんぼ文化や宝隠し文化。野良猫文化。ソウダ、火薬文化もそうだ。村の神社や古い家の床下にもぐり込んだときのことを思い出していただきたい。床下特有の乾いてはこりっぽくて独特のニオイの漂う地面の所々に白い粉が吹いていたはずだ。あれが硝石で、輸入硝石の乏しい鉄砲草創期には、床下にわずかに析出してくるのをていねいに集め、木炭粉と硫黄と混ぜて黒色火薬を作っていた。革命は銃口から撃ち出され、その銃口の中身は床下から撃ち出されたのだった。